桜のしるべ

 

昨年ほどではないながら、今年も本州の桜の開花は随分と早く。
かつては入学式にさえ満開は間に合わなんだのがザラだったはずが、
ここ数年ほどは、四月第二週を待たずして葉桜になりかかるため、
桜を冠した祭りや催し、あちこちで前倒しになったのが昨年だったが、

 「今年は何とか、影も無いって事態にはならなさそうだってね。」
 「何とか、だがな。」

こちらの公園でも、そのメインロードから周縁へと連なり、
果ては近所の川沿いのジョギングコースまでを誘なうように、
幹が黒々した桜が連なっていて。
それらが今の今、そりゃあ見事に満開の盛りを迎えており。
サツキやツゲ、ツツジの茂みに、
若い緑の柔らかな新芽が萌えい出て、
いかにも春めきの色彩が広がる その天蓋部分を受け持って、

 「イチゴのシャーベットみたいですよね、この濃密さvv」
 「お。セナくん、上手な喩えだねぇ。」

真夏ほど濃い青ではない空の、
微妙にスミレ色がかった淡さとの拮抗バランスも絶妙な。
アイス専門店の店頭、ショーケースに埋まっている大きな貯蔵用の、
大量アイスプールから直接掬い上げ、
大きなコテか何かでその梢へもりもりと盛って回ったような、
そんなほどムッチリと分厚い緋白の花房が、
見渡す限りのそこここで満々とたわわ。
相変わらずのイケメン、ってだけじゃあなく、
若い層からやや熟年のマダムまで、その愛想のよさで惹きつけておいでの、
ジャリプロを背負って立つスポカジ・モデル、桜庭春人さんが、
いい子いい子と跳ね回っている柔らかな髪を撫でておいでのお相手は。
泥門高校アメフト部“デビルバッツ”を率いておいでの、
今や世界レベルの舞台でもその名を知られた
超高校級ランニングバックの小早川瀬那くんで。
パッと見には高校生にさえ見えないほど、
背丈も身幅も小柄だし、態度もどこか大人しめなのだが、
これが…全力で駆け出せば、
ちょっとした原付きバイクとの短距離走で
とっつかっつな馬力を出せる韋駄天ランナー。
それも、小脇にアメフトのボールを抱え、
立ち塞がる屈強な障害物をシャープな切り返しで避けて避けてという、
鋭いカット走法で駆け抜けるというのだから、

 「今日みたいな、行楽地への直接デリバリ配達には打ってつけだよな。」
 「おいおい よ…蛭魔ったら、そんな言いようはないでしょう。」

それも自分トコの秘蔵っ子つかまえて、と桜庭が窘めれば、
まだ来年のことは判んねえだろうがよと、
今は大学生の 元・大悪魔のQBさんが、
フンッと鼻息荒く言い返すコンビネーションも相変わらず。
(あ、どうしよう。原作ではバラバラだけどウチでは同じ大学だっけねぇ…)
そちらさんもまた、
さりげなくお付き合いを続けておいでのデコボコカップルならば、
カラーアスファルトの敷かれたジョギングコースを
両側から挟み込んで見下ろす桜花の帯へ見ほれておいでの
小柄な魔走の主・セナくんにも、
相変わらずなと評される、不器用なお付き合い中のお相手がいたはずで。

 「で、進の奴はどこ行った。」

今日はこちら、泥門駅最寄りのアスレチックパークにて、
タイム・トライアルに挑戦祭りが催されることとなっており。
いまだにその驚異的な記録が破られていないレコードホルダー、
日本アメフト界の期待の彗星たちをゲストに迎えて
……という趣向になっているというに、
その片割れが見えんのはどうしたわけだと、
実は陰の支配人なんですよの、蛭魔が“がうっ”と吠えれば、
(拙作『ゴールデンなVS』参照 05.5.11.)

 「えっとぉ、一応 メールで待ち合わせの場所は伝えたんですけど。」

セナと取り交わすメールや電話だけは送受信し続けておいでのガラケーは、
もはや王城の七不思議に数えられているほど
奇跡的な長年に渡り 壊されずにいるのだが、

 「さっき、着いたというお返事もあったんですが。」

待ち合わせとなると、
いつもこの広場のこの辺りって
何となく決まってるんですけどねぇと。
彼自身も怪訝に感じているようで、
まずは見落とさないだろう、威容をはらんだ大男…
セナにだけはどう見えているやらな(笑)雄々しい姿を
キョロキョロと見回して探すものの、

 「あいつめぇ、とうとう地元でさえ迷子になる方向で特化したのか?」
 「桜庭さん、それはあんまりじゃあ…。」

お仲間でしょうにと、珍しくもセナが桜庭を窘める。
とはいえ、

 「こうも人の数が多いんじゃあ…。」

あの進さんでも紛れ込んでしまいかねませんてと、
セナがやや控えめに辟易したのも当然で。
若者にもウチナカ族が増えた今時でさえ、
日頃も結構順当にはやっておいでの施設だが、
さすがにあの極寒だった冬場は閑古鳥が鳴きまくりで。
それを盛り返そうという支配人様の意気込みの現れか、

  タイム・トライアルコースにて、
  本日の最高タイムを出した方々、10位まで
  バリ島旅行含む豪華商品を贈呈します!

なんてな宣伝を大きく打った催しなので。
このところはぐんぐんと温かくなったその上、
見ごろの桜もふんだんに、花見にもちょうどいい場所だし、と来て。
下手すると立錐の余地もなくなりそうな勢いで、
参加者らしき人々がどんと詰め掛けている恐ろしさ。

 「此処の桜、
  来年からは、泥門の隠れた名所じゃなくなっちゃいますね。」

 「そこかい。」

実は蛭魔にも微妙に想定外だったのか、
桜を見上げるしかないほどのひとごみなのへも、微妙にご立腹らしく。
とっとと合流してゲートをくぐり、
自分は参加しないで支配人室へ逃げ込む算段でおわすらしくって。

 「何とか呼び出せんのか。」
 「でもサ、よう…蛭魔。
  この込み方だとすぐ隣りに来てたって、向こうも見つけられないかもだよ?」

いっそのこと、もうゲートに入ってる?と提案しかかったところ、

 「大丈夫、この場に来ておいでなら…。」

うんっと大きく頷いて、胸元に引き寄せたこぶしをぐっと握り込むと、
すうと大きく息を吸い込んだセナくん、それを全部吐き出す勢いで

  「進さ〜んっ、早く来ないと行っちゃいますよ〜〜っ。」

どこの焼き芋屋だという雄叫びは、
あんだけ気張った割にはさほど伸びなかった代物だったのに。

 「…え?」
 「何なに?」
 「○○ちゃん、こっちに寄って。」
 「ママ、怖いよぉ。」

周囲がざわざわと不穏なささやきを伝えて来始め、
遠くから波打つように順々に伝えて来たその末に、
さすがは運動しに来た人が多かった集まり、
うわわっと飛びのく反射もそこそこ素早い人が多くてか、
人身事故(?)はないままに、
ザザザッと左右へ分かれた人込みの中、一直線に駆けて来たのが、

 「進さんっ!」

この凛々しい姿と重厚な佇まい、
ついでに言えば基本的には礼儀正しく、
折り目正しい立ち居振る舞いもこなせる、正に日本男子の鑑だというに、
普段の挙動は はた迷惑この上ない破壊神にしてハイテククラッシャーの、

 「リモコンか、お前は。」

しかも制御…というか呼べるのが、自軍の人間じゃないと来たぞと、
すっかり呆れている蛭魔のそばで、

 「うわぁ。セナくん、王城の合宿に来ない?」

こいつ、相変わらずGPS壊しまくりの方向音痴でねぇと、
微妙に潤ませた眼差しで桜庭くんが懇願の態を示して見せれば、

 「……っ

それもまた珍しいこと、お怒りを示す一端か、
セナくんの二の腕を鷲掴みにしていた桜庭さんの手へ、
到着したばかりの仁王様から、大きな手による手刀が落ちかかり、

 「おっとぉ。」

そこは慣れておいでか、危ういところでパッと離れて難を逃れたものの、

 「調子こいてんじゃねぇよ。」

避けて後ずさった先に待ち構えていた、
金髪の悪魔様のサイズはナイショなブーツの靴底が、
頼もしい背中をどんと突いてたりする周到さよ。

 「あいたたた…。」
 「あ、あ、大丈夫ですか?」

案外と自分へ関するあれやこれやへは、
朴念仁というか鈍感なままのセナくんが、
喧嘩はいけませんよなんていう天然発言を出すに至り、

 「てぇいっ!
  貴様らは先に行って、
  タイムトライアルの新記録を打ち立てて来いっ。」

 「ひゃあぁあぁっっ!」

どこに隠し持っていたやら、
こちらもお久し振りのマシンガンが
ズパラタ・パタタパタタ…ッと容赦なく火を吹いたのに煽られ、
うわあっとゲート目指して駆け出す呼吸も、
ある意味 かつてのまんまに健在な、
泥門後衛(オフェンス)コンビなのを見届けてから、

 「では…。」

コトの発端というか元凶なくせに、
セナは私にお任せをと言わんばかりの重厚な目礼を示してから、
彼もまたゲートへ向かった、進の大きな背中を見送って。

 「俺はともかく、お前はよくもまあ、
  あんな特化しまくりのF1マシン野郎の手綱を、飄々と取ってやがるのな。」

 「あ、上手いこと言うねぇ。」

アメフトにおける最速最強、あとは少々の反射とテクという点以外、
およそ日常生活に要りようなあれもこれもを、
邪魔だからと そぎ落とされた究極の特化マシン。

 「でも、実際に手綱を取ってたのは高見さんだから。」
 「そっかー、だよなー、やっぱ。」
 「そんな速攻で納得されても何なんですけど…。」

  相変わらずの冗談はさておいて。(苦笑)

進という男を語ると必ずついてくる、
鍛練しか頭にないような 究極の特化性だが、
誰よりも本人が そこのところを合理的だと把握し、
進んで鍛練にばかり打ち込んで来た一本気な男であり。
彼からは色んな意味で一番遠いところにある物だのに、
一種 機械のような無気質さでの淡々と、
それが目標というよりもはや義務であるかのように、
鍛えることしか知らなかった木石漢の進だったのに。

 「選りにも選って、そんな進が初めて追う側に回ったその相手が、
  あんな壊れ物注意っぽい子だったんだものねぇ。」

フィールドでは しゃにむになって光速の走りを競い合った
なかなかに骨のある好敵手が。
だがだが、プロテクタを解いて そこから離れると、
一気に含羞み屋さんの いとけない少年へ早変わりしてしまい。
しかも、

 「あんの朴念仁が、今じゃあ一端に、
  気遣いだの嫉妬だの、ちゃんと示すようになったほどだってんで、
  合同合宿じゃあ、昔を知ってる先輩方から
  一体何があったと質問攻めにあっちゃったしねぇ。」

 「あいつ捕まえて、そんな評を言えるお前も、たいがいなんじゃね?」

おっかないと思わないところで既に、ヘタレ返上だよなと、
自分というものがありながら、
その目の前で何しかかりやがったかという、
先程のすったもんだへのせめてもの意趣返しか、
そんな言いようをした蛭魔だったのへも、

 「感性が大事なお仕事ですからvv」

涼しげなお顔でしれっと言いつつ、
もちろん一番大切な人が誰なのかは忘れちゃいないってと、
極上の笑みを悪魔様へと捧げるお人。

 “殺し屋もどきの拉致犯に襲撃されても、
  堂々と白々しい演技をぬけぬけこなせる、
  存在 大タヌキなくせしてよ。//////”

朝方はまだ冷えるからでしょか、とがった耳の先を赤くした悪魔様へ、
ほら、ボクらも行くんでしょ?と、
ゲートを指差し促せば、
判ってらぁとのお返事に、またぞろマシンガンの操射音がかぶさった、
なかなかに物騒なお花見日和の週末でございました。





   〜Fine〜  14.04.06.


  *久々にも程がある、高校生セナくんを中心にした皆様でした。
   何てまあ、年の差Ver.と違和感のない。(笑)
   強いて言えば、
   セナくんの口調がちょっと違ったトコくらいで。(ちょっと?)
   葉柱さんが出て来ない話も書いてなくはなかったので、
   このメンツだったらこんな感じというベースは、
   年の差の方でもさして違わんのですよ、実は。
   むしろあっちの方が、蛭魔くんや桜庭さんは
   もっとしっかり者かも知れんくらいでして。
   韋駄天コンビは…
   どこに持ってってもマイペースなんだな、ウチって。(笑)


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